十九歳で・・・
近衛天皇は十九歳で幼逝しました。
先の呪誼の真偽はともかく、崇徳上皇が近衛天皇の死を少なからず歓迎の念をもって受け止めたことは間違いないでしょう。
彼は近衛天皇の死を機に、自らの皇子を即位させようとしたのです。
しかし、結果的には鳥羽上皇の御意に従って後白河天皇が即位した。
当然のことながら、後白河天皇に対しても崇徳院は強い敵意を抱いた。
先に述べた風説に従えば、先帝近衛天皇を呪誼によって亡きものにした崇徳院は、全度は実力行使によって後白河天皇を駆逐しようとしたのです。
それが保元の乱です。
おりしも藤原氏一門のなかに軋礫があり、崇徳院はそれと相乗りするかたちで天皇に反旗を翻したのです。
戦いはあっけなく終わった。
天皇方の圧倒的な勝利だった。
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